小説

自然の弱者

おちびちゃん

ずんだ妖精、別名ずんだ虫。
体長は個体差はあるが、成体(以下成ずん)で15cm、子体(以下子ずん)で5cmほど。近年発見されて以来爆発的に数を増やしている品種である。
彼らは主に果物や果実を食べ、特に枝豆や人間が作ったずんだ餅をより好んで食べる。
また、ずんだ妖精は人の言葉に近しい言語で同種との意思疎通を行い、人間の言葉を理解することができるという極めて稀な品種である。語尾には「のだ」を使い、一人称はオスメス問わず「僕」、パートナーや父母を「パパずん(ママずん)」、子供を「おチビちゃん」と呼ぶ。

しかし、人語を理解し、会話が出来るずんだ妖精だが知能や動物としての勘、自然での競争力は極めて低い。

これはずんだ妖精が自然の中でどれだけ弱い立場にいるかを表した例である。

とある森にて一匹の雄ずんだ妖精(以下父ずん)がどんぐりとアケビを抱えて巣に戻っている。
「ママずん!おチビちゃん!戻ったのだ!」
「「パパずん!お帰りなのだ!」」

巣には雌ずんだ妖精(以下母ずん)とその子供(以下子ずん)が一匹いる。雌は妊娠しており、もうすぐ子供が生まれる。雌は妊娠すると極端に運動能力が低下し、飛行はおろか歩くこともままならなくなる。その為父ずんは食料と水を集め、ある程度育った子ずんは巣の見張りを行う。

「パパずん、おチビちゃん…ごめんなのだ…あたちが動けないせいで面倒を掛けてるのだ…」
「僕は強いから大丈夫なのだ!」
「ボクもママずんと生まれてくる弟の為なら大丈夫なのだ!」

申し訳なさそうな母ずんを労う父ずんと子ずん、そこには親子の愛が見られる。
しばらくすると、母ずんに動きがあった。

「ああ!産まれる!産まれるのだ!」
「オギャー!オギャー! オギャー! オギャー! オギャー!」
「産まれたのだ!とっても可愛いのだ!」

母ずんが赤ずんを産んだ。ずんだ妖精は一回の妊娠、出産で10匹ほど産む。この母ずんは今回の出産で11匹産んだ。

「こんなに弟が産まれたのだ!嬉しいのだ!」
「これから頑張って育てていくのだ!」

これからは産まれた赤ずんを育てていくために父ずんと子ずんは食料と水を確保し、母ずんは育児を行う。赤ずんは3日で言葉を覚え始め、一週間で飛行器官が発達し、飛べるようになり、1ヶ月もすれば耳のある子ずんへと成長する。
このずんだ妖精の家族はこれから訪れるであろう幸せを感じている。

しかし自然はずんだ妖精に対して残酷だ。

赤ずんが産まれて4日ほどたったある日、強風が巣を襲った。

「飛ばされるのだー!」
「パパずん!助けてー!」
「2人とも!おチビちゃん達を離しちゃダメなのだ!」

巣自体は木と木の間に挟まって動かないが、ずんだ妖精はとても軽く、風に飛ばされる事が多い。今回のような強風ではよくずんだ妖精の死体が多く見つかる。

「ワーン!ママー!」「タスケテー!」「オニイチャーン!」
「おチビちゃーん!嫌ー!!」
「そんなー!!弟ずんがー!」
「嫌なのだーー!!」

3匹の赤ずんが風によって飛ばされた。
赤ずんは体重がリス程しかない成ずん以上に軽い生き物だ。

「ママー!タスケtギャッ!」「パpギヤッ!」「ヤダー!アギャ!」

飛ばされた赤ずんは3匹とも木にぶつかった激痛を感じながら死んだ。
ずんだ妖精は生命力が高い、だがその生命力に見合う程の頑丈さを持っていない。その為、ほとんどの個体は苦しみながら死んでいく…

強風が止み、3日経過した。

「おチビちゃん達!今日は飛ぶ練習なのだ!」
「お兄ちゃんを見習って頑張るのだ!」
「ガンバル!」「ヤッテミルノダ!」
「オトウチャ、ハヤクトビタイノダ!」「オナカスイタノダ!」

今日は父ずんと子ずんが赤ずん4匹に飛行のやり方を教えている。(残り4匹は母ずんに見守られながら寝ている)

「こうやって足を動かすのだ!」
「背中に力を入れてみるのだ!」
「コウナノダ?」「トベナイノダ!」
「トベタノダ!」「オナカヘッタノダ!」
「もっと力を入れるのだ!」
「その調子なのだ!」
「ヤッタノダ!」「ボクモトベタノダ!」
「ボクハコンナニトベルノダ!」「オナカスイタノダ!」

父ずんと子ずんは赤ずんが飛べた事に喜んだ。そして6匹そろってしばらく低空飛行を行った。

「皆よく頑張ったのだ!今日はもう帰るのだ!」
「お兄ちゃに着いてくるのだ!」
「オニイチャ、マッテホシイノダ」「ママノトコロニカエルノダ」
「ボクガイチバンハヤイノダ!」「オナカスイタノダ!」

飛行の練習を終え、6匹は巣に戻ろうとした時、赤ずん2匹がとあるものを見つけた。

「エダマメナノダ!」「オナカスイタノダ!」

ずんだ妖精の好物である枝豆が生えていた。
赤ずん2匹は今日訓練していた子ずんの中で初めから飛ぶことが出来た個体だ。
父ずんもそれを踏まえて少しくらいなら大丈夫だろうと思っていた。

「ギャーッ!」「イタイイタイイタイイタイ!!」
「赤ずん!そんな!」

赤ずん2匹が蛇に襲われたのだ。
蛇の名はアオダイショウ、毒は無いがネズミや鳥の卵などを捕食する力の強い蛇である。
アオダイショウは1匹を噛み、1匹を体を使って器用に締め上げている。

「やめるのだ!おチビちゃんを離さないとぶっ殺ちゅのだ!だから離すのだ!」
「ヤメテ!タベナiアギャァッ!」「クルチ!クルtウブェッ!」

父ずんの必死の威嚇もアオダイショウには届かず、あっという間に2匹を殺した。

「よくも赤ずんを!もう許さないのだ!」

父ずんは残った子ずんと赤ずんを放ってアオダイショウへと飛んでいったが、お腹がいっぱいになったのかアオダイショウはすぐに姿を消した。

「くちょ!くちょお!守れなかったのだ!」
「パパずん…今日はもう帰るのだ…」
「ウワーンウワーン!」「コワイヨー!ママー!」
「分かったのだ…」

失意の中、残った4匹は巣へと戻った。
しかし、それさえも叶わなかった。

「パパずん!おうちが無いのだ!」
「そんな!出かけるまであったのだ!」
「…誰か…助けて…なのだ…」
「「ママずん!」」

巣が無くなっており、母ずんが巣があった木の根元に落ちていた。その体は両耳が千切れ下半分の胴体が噛みちぎられるように無くなっていた。

「ごめん…なさいのだ…大きな熊に…木を揺らされて…赤ずんが…助けようと…したけど…みんな…やられた…の…だ…」

みるみる母ずんの体から緑が脱色していく。その顔に無念さを浮かべながら絶命した。

「ママー!イヤナノダー!」「メヲアケテママ!ママー!」
「ママずん!嫌なのだぁー!!」
「…どうして…どうしてこんな…酷い事を…」

子ずんは泣きじゃくり父ずんは放心した。
自然は弱者に容赦しない。ずんだ妖精は繁殖力だけは高いがその他はいっさい強みがない。

人の言葉を話すが理解が出来ない、罠を認識できない知能の低さ。
動物特有の爪もなければ牙もない、リスのような小動物にも勝てない戦闘力の低さ。
枝豆やずんだ餅を見つければ罠も見分けられない警戒心の無さ。
へこへこと呼ばれる交尾や食事をすれば嫌な事を忘れる記憶力の低さ。

ずんだ妖精とは非常に弱い生き物だ。何故存在出来ているのかさえ分からない程に。

翌日、赤ずん2匹が子ずんと呼ばれる大きさにまで成長した。
一家のほとんどを失った父ずんにとってはそれが嬉しかった。
そして父ずんは子ずん3匹を連れて飛んでいく。

「パパずん…これからどこに行くのだ…?」
「隣の森にずんだ妖精の大きな巣があるのだ!そこに行って食べ物と住処を分けてもらうのだ!」
「お兄ちゃ、パパずん、待って!」
「早いのだ!置いていかないでなのだ…!」

父ずんと子ずんは大勢で生活をしているずんだ虫の集落へと移動した。
この家族が飛んでいる場所から隣の森のずんだ妖精の集落までは直線距離で約3km。人間や鳥にとってはそこまでの距離ではないが、飛ぶ速度も遅いずんだ妖精にとっては一日かけてようやく着く距離である。
それでも父ずんは自分達だけで生きるより同族に協力を求める方がよっぽど安全だと思った。

しかし、ずんだ妖精という弱者に自然は一切容赦しない。
空から急降下してくる大きな影があった。
それは鉤爪で成長した子ずんを突き刺すように掴み取った。

「いちゃい!やめて!下ろして!パパずん!お兄ちゃ!助けてー!」
「おチビちゃん!おい、やめろ!これ以上は許さないのだ!」

それはクマタカと呼ばれる鷲の一種。
クマタカは一瞬で子ずんを連れ去って飛んでいった。

「どうして…!僕たちは何も悪いことをしてないのに…!ヒドイのだヒドイのだ!ヒドイのだ!!許せないのだ!」
「パパずん…」

父ずんはまたもや守れなかった自分に、子供と妻の命を奪った敵に怒りの声を上げた。

しかし、蛇と熊は自分のお腹を満たすため、鷲は雛鳥に餌を与えるため刈ったに過ぎない。
食物連鎖の最底辺にいるずんだ妖精は自然の摂理に従っただけなのだ。知能の低いずんだ妖精にはそれが分からなかった。

残された3匹はなるべく早く集落に着こうと出来るだけ速度を上げた。

(このペースなら日が暮れる前に集落につけるのだ!おチビちゃんだけでもお世話にさせてもらうのだ!)

父ずんはそう思っていた。

「もう…ダメなの…だ…」

今朝成長したもう一匹の子ずんが速度を落とし、ついには落下していった。

グジャッ!

生々しい音を立て子ずんだったものは原型も留めないほどぐちゃぐちゃになっていた。

「お…チビ…ちゃん?なん…で?」

父ずんは理解が出来なかった。
子ずんは一緒に飛んでいたはずだ。何も問題は無かったはずだ。
ただ成長したばかりの子ずんには速度が速すぎた。子ずんは無理をして飛び、そして力尽きた。

「…」
「パパずんのせいなのだ…」
「えっ…?」
「パパずんのせいで弟ずん達は皆死んじゃったのだ…ママずんも死んじゃったのだ…!」
「おチビ…ちゃん…何を言ってるのだ…?」

大好きだった母ずんを失い、弟達を皆失った子ずんはもう限界だった。

「パパずんが皆を守れなかったせいなのだ!僕が一度もずんだ餅を食べれてないのも!産まれてきたお兄ちゃとお姉ちゃが皆死んだのも全てパパずんのせいなのだ!!」

子ずんはそう言うとどこかへ飛んでしまった。

「おチビ…ちゃん…」

父ずんは何も言えなかった。
前回の出産で1匹だけ生き残った子ずんだけは愛情いっぱいに育てていこうと頑張った。
新しく生まれた赤ずんも育てていこうとした。
全て自分の弱さ、自分の愚かさで失った。

「…」

父ずんは1人で集落に向かった。
子ずんもいずれ集落に着くだろう。そう思って飛んだ。
そして一瞬で景色が歪んだ。
自分が鷲に掴まれているのに気がついたのだ。

「いや!離せ!もう嫌なのだ!僕だけでも生きるのだ!死にたくないのだ!」

無駄な抵抗をするその姿は生物としても父親としてもみっともない姿であった。

「あっ、あれはこいつの巣なのだ!?」

そして父ずんは巣に持ち帰られた。
雛鳥達の美味しい餌になる為に。

「い”だい”ぃ”ぃ”ぃ”ぃ”!!やめろ!やめで!!ア”ガあ”ぁぁぁぁ!!シテ…ゴロジデ…!」

生きたまま食われる父ずんは、母ずんや子ずんを失った時よりも苦しんだ。そして10分後、ようやく息絶えた。
その表示は苦悶に溢れていた。

鷲に殺された父ずんから離れた子ずんは川を見つけた。水分補給をするため近くに降りた。

「おいち!おいち!」

子ずんは水を一生懸命に飲んだ。そして川を泳ぐ鮭に目をつけた。

「僕のごはんさんにするのだ!もうおなかがペコペコなのだ!」

牙や爪を持たないずんだ妖精は時に枝などの道具を使う。この子ずんは枝を拾い鮭を狩ろうとした。

「スキありなのdギィヤァッ!」

子ずんは他の鮭に咥えられた。
ずんだ妖精は魚にも一方的に捕食される、彼らは力量差も分からないのだ。

「くるち!くるち!パパずん!ママずん!助けて!」

水中での呼吸が出来ない子ずんはとても苦しんだ。そしてあっけなく胴体を喰われた。
頭だけになり死を待つだけの存在となった子ずんは薄れゆく意識の中で絶望した。

(パパずんがいて…ママずんがいて…弟がたくさん生まれて…みんなでがんばろうとしたのだ…ずんだ餅も食べてみたかったのだ…ひどいのだ…僕たち何も悪いことしてないのに…ひどいのだ…ひどいのだ…ひどい…の…だ…)

いかがだったろうか?
ずんだ妖精がどのような生態をしているのを理解し、興味を持ってくれれば何よりだ。

彼らは餌として他の生態系の支えになり、土に還ればまた新たな命を育む礎となる。
か弱く愚かなずんだ妖精も自然に無くてはならない存在なのだという事を知ってほしかった。

ではまた次の機会に会える事を祈ります。

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